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【桜舞うネオアジアな世界へ】 〜3月その9 〜




















桜もそろそろ咲いて来た、、、そんな季節に
ついに出来たぁ〜〜〜^^
人生初のマイグッズ、、、作っちゃった!!

横浜中華街に店舗を構え10年と言うネオアジアがテーマの
ファッションブランド「ROUROU(ロウロウ)」さんとの初コラボレーションで生まれた
桜かふぇワールドな世界観の桜と鯉の絵柄のクリアファイルと日本手拭い。
いずれもターコイズブルーと茄子紺の二色展開。
ターコイズブルーは私が12月生まれで誕生石でもある大好きな石、ターコイズを意識しての
鮮やかなる青の世界に鯉が泳ぎ桜が舞い踊るという昼間の爽やかな風情。
また手拭いの方は茄子紺な世界でこちらは夜の川面を連想させる。。。。


これらを作るきっかけはそろそろ私もデビュー30周年という事も有り
その記念として、何か手軽な物で自分好みなグッズがあると楽しいなぁ、、、
なーんて思って、近所でオープン時代からスポーツクラブの帰りなどに
よく自転車で立ち寄っていたお馴染みのファッションブティック
ROUROUさんに何気なく昨年暮れあたりから御相談していたところ、快く引き受けて下さった。

ROUROUさんのコンセプト、ネオアジアな世界観と私の好きな世界観は
最初からマッチしていたので本当にデザインの打ち合わせの最中から
ウキウキしていた事は確かである。
それでもこれ程、いい感じに仕上がるとは@@、、、
ホント、、、色々話を聞いて下さりこんな素敵な物が出来て感謝感激です!!

そしてROUROUの顔でもありデザイナーでもある早園マキちゃんは
パリコレモデルを経てROUROUを設立し、彼女の人生の伴侶、ボスと呼ばれている
代表の石河さんと共にしなやかにこのお店を営んでいる。
オープン当初、店員さんもまだそんなに雇っていなかった頃はマキちゃん自ら
店頭に立ち、何だか中華街にセンスの良い感じのお店があるなぁ^^
なんて思いながらよく自転車で乗り付けては私服のお買い物していた私であった^^
今や何人もの従業員を抱え、そして新宿マルイワン店にも店舗を構える人気ブランドに成長。
大したもんだぁ〜^^

そしてそんなお店の入り口の窓ガラスにはイラストレーターの及川キーダさんが
先日ライブペインティングで描いたと言う桜の花が満開で
華やかに舞い躍っていた。。。。素敵ね^^♪

それにしても先日の大震災から3週間近くになるけれど、このグッズをお願いして
制作していた頃は、日本がこんな悲しみに襲われるなんて夢にも思わなかった。。。
一瞬にして普通だった世界が、信じたくない異常なる世界へと変貌してしまった。
そんな時期にこの我が愛しき初グッズがこの世に生まれたのも、、、
これも偶然じゃないのかもしれないと思う今日この頃。
悲しみ溢れた中でも美しい物を見ると、心が少しでも華やぐんだな。。。
大切な事かもしれない。。。。

そんなわけで、まったくもって大した事は出来ない私であるが、
このグッズの収益の一部を今回の東北関東大震災への義援金として
寄付させて頂く事にします。

クリアファイル1枚の価格300円(税込)をご購入頂くと100円が義援金になります。
日本手拭い1枚の価格2000円(税込)はご購入頂くと500円が義援金になります。

ひとまず初売りは4月3日の山手ゲーテ座でのライブ会場入り口で行います。
またきちんとした形でのネット販売はもう少し先ですが、ご購入希望な方は
今のところはファンクラブのメールアドレス fanclub@sakura-cafe.com で
受付させて頂きますのでよろしくお願い致します。
その際にお名前、お電話番号、御住所をお書き添え頂き
クリアファイルならターコイズブルー系、紺系、それぞれの枚数を明記。
日本手拭いも同じくターコイズブルー系、紺系、それぞれの枚数を明記してください。
尚、日本手拭いの地色の紺色はどちらかと言えば茄子紺色(やや紫系に近い)になります。




そんなわけで自分の器で出来る事から少しずつ、やっていこうと思います。
そしてこのイラストデザイン画の様な美しい日本の穏やかなる春の情景が
またきっと蘇ることを信じています。。。。

 

【フォーク魂】 〜3月その8 〜














何だか今度は、、水の買い占めかいな。。。。
噂では自販機までもが水の売り切れ状態だと聞いていたけど
我が家最寄りの駅ホームの自販機は別に売り切れていなかったな。。。
普通の事が普通じゃなくなる様な情報に翻弄される昨今にそろそろお疲れモードにもなり
周りでは体調を崩す人も増えてるみたいで電車内、、、咳込む人多し。。。
私は断固として風邪なんぞひけないからヒヤヒヤだ、、マスク嫌いだし。

そんなこんなの日々混沌とした状況の中、今日は東京のラジオ日本で
初めて出演させて頂く「フォーク魂」という番組に友人のシンガーソングライター
相曽晴日ちゃんと共にゲスト出演の収録で夕方麻布台へ。。。。

パーソナリティーは先月苗場ユーミンライブでもご一緒した岡野美和子さん。
彼女と晴日ちゃんとは飲み友、ママ友のようである。
それにしても晴日ちゃんと一緒にラジオ収録って初めてだな。
何しろ私のヒット曲のジャンルが演歌、歌謡曲、、、今歌っている音楽が昔の私と
また違うんだって言ってもポップな晴日ちゃんのジャンル系番組に出演させてもらうのも
実は御理解頂けるまで結構大変な事もある。。。。
決めつけないで聴いて下さいよ〜〜〜ん、、、
音楽業界偏見の塊脳は脳内革命お願いしたい、、、、
そんな気分にもなるわけで、、だからこういったジャンルの番組出演は有り難い。

そんなわけでスタジオ内で出演者には私も愛飲のミネラルウォータ―
エビアンでお持て成しして頂き、水に過敏な事態だから尚一層
感激しちゃうわけである。

晴日ちゃんは久々のアルバム「ただいま」をリリース。
そのプロモーションでの出演。
その中から彼女は今回「SEED」をチョイス。
私は「花吹雪」をかけて頂いた。

そして本番収録前の雑談の中で、お互いにあの震災の時はどんな状況だったかを
少し話す中で岡野さんは私と同様自宅に1人で居て、突然の揺れに廊下に飛び出し
座り込みながら「だ、、、誰か、、、助けて・・・」と咄嗟に呟いていたそうで
私も晴日ちゃんも「神様〜〜〜」だったのは共通で「誰か・・・」ではなかった。。。
そんなこんなの録音収録で最後のコーナーでは仙台在住のフォークシンガー
あんべ光俊さんが電話で出演。
今回の東北関東大震災では地元で被災したそうでラジオ電話出演で、生々しいお話を伺う。
その時あんべさんはレコーディング中、それもお寺の中にある一風変わった録音スタジオに
居たらしく、、、外へと出れば墓石が次々に倒れ、やはり大変だったそうだ。
それにしてもお寺にスタジオがあるなんて、、、珍しいな。。。。

と、、、そんなシビアな震災体験の話を電話出演で話されている最中
隣の晴日ちゃんのお腹がグググゥ〜〜〜〜と鳴る^^
それをもろに聞いてしまった私、、、もう笑い虫が突然湧き起こり
もうね、、、話の状況とは裏腹な違うツボに半ば嵌まりそうになり
笑いを堪えるのに必死な状況となる私。。。。。お願い、、止めて。。。。(笑)
それこそ、ここで笑い声出したら完全なる不謹慎状態でしょ(汗)
でも、こんな状況でお腹の虫を鳴らしてうろたえていたそんなバルちゃんが好き^^

それにしても私の親戚も仙台在住で被災している家族がいて、
やはりガスがまだ中々通らず電気はなんとか通ったのでキッチンが
IH搭載の家族の家に皆寄り添い何とか温かいご飯を頂けるようになった話は聞いていた。
でもやはりあんべさんの話ではガスは未だに復旧していない地域が多いらしい。
この寒さで、温かいお湯も出ない、、、ホント、、、厳しいな。。。

春はそこまで来ているとは言うものの、北国の春はもう少し先、、、
こんな時でも寒さに凍えそうになる中を、耐え忍んでいる人達が沢山いるわけで
どうか一刻も早い救援の手が差しのべられますように。。。。

 

【私達は日出る国、、太陽の子供】 〜3月その7 〜


























ポカポカ陽気の週末。
近所の友人宅で久し振りに炭火でバーベキューでもやらない?
との誘いにのり根岸の御自宅にお邪魔することに。

世の中のこの大変な時期にバーベキュー???
様々な考え方の中、不謹慎とか自粛とか、、、時たま耳にする過剰な反応。
これじゃあ生きる事を諦めろって広めているみたいな気もする昨今。。。。
この事態に全てが委縮してしまってはならないとも思う。
だからあえて私はそんな普通な生活も発信したいと考える。
元気な人間は出来るだけ普通に暮らす事も大事。。。
そんなわけで最近この世に生まれい出たそのお宅の三男坊くんの
お披露目も兼ねてのお招きである。


そんな中で出掛ける前に電話が当初繋がり難かった福島の知人家族と漸く連絡が取れた。
その御家族は母と4人の娘さんとの5人家族で船引という場所に住み
原発での今回の避難勧告地域ギリギリの場所でひとまず避難はせずに自宅に居たのは
そこの娘さん達3人。。。母上は仕事で関西方面に出張中の母不在中での震災であった。
それにもう1人の娘さんは東京で1人暮らし。
なので母上と離れ離れになっている中、娘3人で家を守っていた。。。
親しい人達からは避難勧告地域に入っていなくても離れる事も勧められたようだが、
他の土地から来て今回の原発崩壊を食い止めようと必死で頑張っている人達が居るのに
自分達だけ安全な場所へ行く事は出来ない、、、と言う想いもあっての事らしい。。。
食糧などは近所の人たちと助け合ってなんとか大丈夫のようだった。
そして母上は今週中には戻れると言う。

連日のテレビ報道を見る度に気持ちも暗くなるので今はテレビもなるべく見ない様に
していると言う事で、そんな電話口の三女の彼女の声は元気だった、、、
でも本当は不安でいっぱいなんだよね。
健気に家を守ろうとしている娘さん達がどうか無事で居られますように。。。
何かあれば連絡してね。。。。絶対に大丈夫だと信じて希望を持って!

そしてずっと連絡を取ろうと試みていた宮城の美里町のお寺、
玄松院の御住職の三浦さんともやっと今日連絡が取れた。。。。
良かった、、、ご無事で。。。
玄松院は2009年8月に百灯籠祭というお祭りで呼んで頂き、本堂で歌ったご縁がある。
でもその本堂は殆ど半壊してしまったと言う。。。。
それでも家族は皆、命は失くす事無く、無事だと言う。
元の本堂に修復するのは大変だと思うけど
本堂が元に戻ったら美歌さん、また歌いに来て下さい!と言ってくれた三浦さん。
是非伺います!!でも何かあればまた連絡してください。
私も必ずや元通りの暮らしが出来る事を強く強くイメージして祈っています。
だから一緒に希望を持って生きましょう。
住職の三浦さんも電話で元気が出た!と言ってくれた。。。。


そんな知らせの中で久し振りに温かいお天気の中、皆それぞれに震災の時の話にもなり
今生きている事に、やはり感謝して元気な人は出来る範囲で普通の暮らしをしていこう。

そして二か月ほど前に生まれた男の子、宗希(よしき)くんはまだ見えない眼で
照り返す太陽を眩しそうに感じながら、愛おしい命の鼓動を放っていた。
幼子の鳴き声も笑い声も、生きている命の輝きに充ち溢れ
今日の燦々と輝く太陽の様に眩しい。。。。
そしていつの間にか子供に癒されている自分。。。。
この厳しき時代に生まれ来て、この子たちが生きる未来の道筋を
希望ある世界にしてゆかなければ、、、、
私達が出来る事。。。。

そして遅れてやって来た横浜在住の友人は宮城県の生まれで、今でも両親や友人が暮らす
故郷が惨い事になってしまった日から彼女の心まで被災してしまっている様子だった。
何とか御両親は無事だと言う連絡が入ったものの、彼女の友人の御両親が
行方不明だという事で、毎晩友人からの切ない連絡に自分は
どうすることも出来ないと本当に心を痛めていた。
そして帰りのタクシーの中でそんな話をしながら
彼女が突然泣き崩れてしまった。。。。
私は彼女の手を強く握り返すしか術もなく、、、でも泣きたい時は泣いていいよ。。。
仕方ないよ、、、私も弱い人間です。。。。
でも少しずつでいい、、、泣いた分、強くなっていこう。
そしてやはり人の想いのパワーは侮れない、、、良い状況へと変化する事を
イメージして、必ず日本も人も皆、、、復興出来る。。。。

被災した方々も心が壊れそうになるのを必死で今を生きている。
まだ元気に暮らせる私達でさえも、心が被災している現実。。。。
考えるとまた涙が溢れて来るけど、、、
私達は日出る国、、、太陽の子供。。。。きっと乗り越えられる。

 

【あの日から一週間】 〜3月その6 〜












あれから一週間、、、
あの日の出来事がまるで嘘のような美しい青い空が今日は広がる横浜。。。。
それでも風はまだまだ冷たく、、、東北の被災地の人たちはさぞや厳しき寒さとも
闘う日々、、、春よ、、早く来い。。。。

そんな震災から一週間経過しての「ヨコハマ日和」生放送でラジオ日本横浜本社へ。
番組スタッフ達からも大丈夫でしたか?の言葉が投げかけられる。
ひとまずそれぞれに無事でいて良かった。

そんな生放送で3.11の震災の時の状況も話しつつ番組は始まった。
世の中が全て悲しみの渦の中にずっとのまれていてはならないとも感じているわけで
やはりポジティブなイメージを被災地に向けて願い祈る事もとても大切。
人の想いのパワーの凄さを侮ってはならない。
絶対に日本は蘇る。。。必ず復興する。。。
被災者の人々が穏やかな暮らしに必ず戻れる。。。。
原発も穏やかに治まってくれる。。。。
そんな事を想い描き信じる事は大事なことだと思う。
そして今生きている事に感謝する。。。。

そんな「ヨコハマ日和」生放送終了後は都内へと出向き衣装の仮縫い等を済ませ
またまたラジオ日本の今度は麻布台のスタジオで坂井隆夫さんの
「ほのぼの歌謡曲」を収録。

オンエアされる日は桜が咲く頃の予定、、、
なのでオンエア3曲全て私の桜尽くしの楽曲を選曲して頂いた。
特に「桜が咲いた」という楽曲は8年前、私が作詞をするきっかけの運命的な作品で
その頃は自分を励ますような想いの中で生まれた作品であった。
そしてあらためてこんな状況下に流れてくると自分の作品で
そんな事を感じているのも何だが、今の世の中の現状と切なさや想いが
あまりにも歌とリンクしている気がして、、、
泣けてきそうになっている自分がいた。。。。

歌に寄り添う。。。。
そんな感じで泣けてくるこの感情。。。
こんな時だからこそ音楽は必要なものなんだ。。。。

様々なイベントが中止になる中、震災から一週間程の状況下では
仕方の無い事かもしれない。
でも、やはり音楽は人の心の癒しや助けに繋がる、、、必ず。。。
今後も様々な問題など厳しさもあるけれど、出来ればやれる範囲で
やるべき事ではないだろうか。

その日の夜は横浜に戻り元町の馴染みの居酒屋へ友人と出向いた。
でもやはり人出が激減しているようで、いつもならもっとお客さんで賑わうお店も
数名程で、昨夜などはお客さんがもっと居なくて1人だけだとお店の
女将さんが寂しそうに話していた。
やはり元気のまだある者達なら経済も回すべきで
世の中の動きまで止まっては共倒れになる。
様々な不安な情報錯綜する中、厳しい現状や映像を伝える知らせばかりではなく
もっと人が穏やかな気持ちや笑顔に戻れる事も、復興に向けた前向きな
イメージで発信していかなければならない。
そしてその中で流す涙は悲しみの涙だけじゃなく、
やがては生きていることへの感謝の涙へと変えてゆこう。

この日の夜、久々に訪ねた二軒の飲食店はあの震災で店内の物が破壊されることもなく
奇跡のように営業してくれていた事に震災の不思議さを覚え、
無事でいてくれて本当にありがとう、、、そう心から思う。
ミントンハウスのオイドンもいつもと変わらぬ風情、、、
そんな普段の情景がどれ程に有り難いものなのか、しみじみ感じる夜。。。。

こんな夜にも同じ日本である被災地の多くの方々や周りで働くボランティアの方々
身体を張って消火活動にあたる原発での自衛隊や消防隊の方々、、、
本当に頭の下がる思いです。
私も自分の出来る事から支援して行きたいと思います。
どうか一人でも多くの命が助かりますよう、、、
そして穏やかな気持ちで過ごせる時が一刻でも早く訪れますように。。。。

そして、独りじゃない、、、皆繋がってるから。。。

 

【ラジオという繋がりの中で】 〜3月その5 〜






大地震の翌日、、、、
文化放送「千田正穂のありがとう」の生放送がこの日行われるのかどうか前日に
連絡が入り、ひとまず内容を大幅に変更し東北地方太平洋沖地震の
報道番組として千田さんと私と共に11時から13時まで行う事になった。

そんなわけで浜松町の文化放送に到着し千田さんから新聞に目を通せるだけ
通しておいて下さいとの事で、くしゃくしゃになってデスクに置かれた
今朝の新聞の地震の悲惨な記事に目を通しつつ、今日はいつもと同じ
テンションでは出来ないかなりデリケートな部分での生放送を覚悟する。

そして生放送が行われる少し前に私も含め、スタッフのそれぞれの携帯から
緊急地震発生予告の緊迫した音が鳴り始めたかと思うと間もなく
文化放送のビルが回る様に揺れ始めた。。。。
あっ、、、揺れてる、、、地震。。。。

この文化放送のビルは免震構造にかなり自信があるという話で
だからなのか、、、免震だから緩やかに回る様に揺れているのが何だか、、、
目眩でも起こしたかと思うような雰囲気で、少し気持ち悪いわけで。。。

そんなこんなの緊迫した中の生放送、、、、
千田さんがリスナーの方々のお便りメールを読みながら涙で声を詰まらせる場面が
幾度かあり、、、、こんな時に何かで繋がっていると言う
人とラジオの関わり方に、この仕事の奥深さ、在り方を考える。。。。

今でも被災した方々が寒さの中を必死で命の灯を灯している。。。。
どうか一刻も早い救援の手が届きますように。。。。

そして日本中が心の中まで被災してしまい未曾有の不安の中。。。
それでもこの日本が必ずや復興し蘇る事を信じて、
今出来る事をして今生きている事の奇跡に感謝しながら、生きよう、、、
乗り越えてゆこう。。。。闇の後ろには必ず光りがある筈。
どうか元気を出して空を見上げて生きましょう!!


そして震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

【3.11、、、その時私は】 〜3月その4 〜










いつもの金曜日、、、レギュラーのラジオ番組「ヨコハマ日和」生放送で
ラジオ日本横浜本社へ向かう。。。。
今日も青空のいいお天気である。。。。
そして10分程のラジオ生放送を済ませ、スタッフの方と1階の喫茶店で打ち合わせ後
いつもの行き付けの関内のお店で和食系なランチを頂き自宅へと戻る。。。。

今日はお天気も快晴の中で近くの横浜スタジアムでは野球のオープン戦が行われ
久々にスタジアムに多くの人々の気配があり、賑やかである。

そんな午後2時を回り、午後3時30分辺りには業務連絡が来る予定で
電話待ちをパソコンの前でしていると、、、、グラっと来た@@。。。。
直ぐ終わってくれるよね???と思っていたのもつかの間に
揺れは信じられぬほど本格的状況へと変貌。。。。
なんじゃ???こりゃあ〜〜〜〜(怖)

何故か目の前のパソコンとテレビを抑えていた私。。。。。
でも意外と、この2つは大丈夫そうなのでこの恐ろしい揺れの中を見渡すと
ワイングラスやショットグラスなどが並べられたアンティ―クのガラスの飾り棚が
物凄い勢いで揺れ今にも倒れそうなのに気が付き、そちらへ移動し
何とか手で押さえる。。。。自分の身より物を押さえちゃうんだな。。。。
それでもまだ揺れは治まらない。。。。

外ではスタジアム内から悲鳴も聞こえる中、アナウンスで落ち着いて行動して下さい!
と先程までの楽しげな賑わいは一瞬にして殺気を帯びる雰囲気。
目の前で飾ってあったガラスの置物などもバシャーンと落ちて見事に割れた。
他の部屋でも何かが倒れる音等々、、、、

そしてもしかしてこれで私の人生も最後かも、、、
と思わず過った「死」という文字。
そして独り祈る様に「お願いします、お願いします、お願いだから治まって下さい。
神様、私にはまだやることがあります、、、もう少し生きさせて下さい。。。」
そんな事を独り唱えていたような。。。。。

そして何とか凄まじき揺れも治まり、放心状態となる。。。。
こう言う時、何も出来ないんだな。。。。
初めて知った大地震という揺れに、成す術もなく、、、、
胸のドキドキの怯えは治まらない。

寝室に行くと天井から吊り下げられたアールデコ調の明かりが見事に割れて破壊され
鋭利な刃物に変貌し天井から変わり果てた姿で残骸がぶら下がっていた。。。。
ここで寝ていたらマジでヤバかったかも。。。。(怖)

その後テレビのニュースから知らされる東北地方を襲った津波の恐ろしさ。。。。
繋がらない電話。。。。原発、、、崩壊。。。。
東北地方には親戚知人も多く、、、仕事で幾度か訪れていた近辺にも被害が及んでいて
東北で静かに暮らす素朴で優しい人々のあの時の笑顔が浮かび涙が溢れた。。。。
なんでだよ、、、なんでこんな惨いことになるんだよ。。。。
美しく穏やかな浜辺や港の日本風景が根こそぎ、えぐり取られる様に津波で流され
それら映像があまりにも有り得ない光景で、地獄絵と化して逃げ惑う人々の姿に
当たり前だが、どうすることも出来ない。。。
そして今生きている事が本当に奇跡なんだとあらためて感じる。

この日の夜はリビングのソファーを寝床に、地震に備えて随分昔に購入していた
オレンジ色のヘルメットを傍らに置き靴も用意しテレビを付けたまま
余震に怯えながら殆ど眠る事は出来なかった。

本当に、、大変な事になってしまった。。。。

 

【「BS日本のうた」埼玉県和光市編】 〜3月その3 〜












今日はNHK「BS日本のうた」収録で埼玉県和光市民文化センターへ。
そして本日の楽屋は気心知れた柏原芳恵ちゃんと松原のぶえちゃんの二人が
御一緒なので、リハーサルの合間の長い待ち時間も世間話などで
意外と楽しいひと時ともなり何だかんだとあっという間に本番の時間。

その間は何故か私がデビューした頃から現在も稼働して使用中の
既に生産されていない携帯スチームアイロンにのぶえちゃんが反応@@。
「美歌ちゃんのそのアイロンて、、、いつの????」
するとのぶえちゃんのアイロンも私と同型な雰囲気@@。。。。

私のアイロンはナショナルでそろそろ違うアイロンに変えないと、、、
って思いつつ最新の物を購入しても、やはりこのアイロンの使いやすさには勝てず
結局この使い古したアイロンに戻ってしまうわけで、、、
そしてほぼ同型なアイロンをお持ちのぶえちゃんも同じ御意見で、
この手の携帯スチームアイロンは今や販売されておらず、
このような移動するお仕事の私達にとって衣装の皺を取る為の
携帯用のアイロンは欠かす事は出来ないわけで、使用し易い手軽なアイロンを
切実に常に求めているわけである。
お陰でこのアイロンの収納箱も今やガムテープで補正され
なんとも切ない姿でボロボロになりながらも様々な場所へと現在も旅を共にしている。
あ〜〜なので、ここまで来ると愛おしい。。。。。
何で生産しなくなっちゃったのかなぁ。。。。

そんなわけでナショナルさ〜ん、、、このアイロン、復活させて下さいよ〜ん。。。
特に芸能人なら絶対にこのアイロン、、、求めている人は多い筈。。。
このアイロンの優れた部分は私達がよーく知っているのです。。。。
おそらく二十数年は経過していても、未だに何とか稼働し続けているなんて、、、
やっぱり凄いよ@@。。。。

そんなこんなで携帯スチームアイロン談義に花が咲いた楽屋内。。。
今夜の私のお題目は西田佐知子さんの昭和42年のヒット曲「涙のかわくまで」って言う
あまり取り上げられない名曲を歌唱。
そしてデュエットソングでは冠二郎さんと共に昭和46年に大木英夫さんと
二宮善子さんとのコンビで生みだした「あなたまかせの夜だから」を歌唱した。

それにしても冠二郎さん、、、元気でテンション高く、でもちょっとした
ステップを全員で行うコーナーで振り付けの先生に教えて頂く時は
私の隣で酔っ払いのおじさん???
みたいなステップでどうにもならず^^メッチャ面白いんですけど^^
そして最終的にはどうにかなるさ〜って感じで笑いに変えるポジテブさに脱帽&脱力^^

そんなこんなの楽しいひと時の収録で、今日は笑い過ぎたかも^^
あ〜〜〜ん、、、皺が増えるぅ〜〜〜〜^^
スチームアイロンかけるか?????

 

【お初な「ハマ歌SHOW」】 〜3月その2 〜












花粉症絶好調の快晴の日、、、花粉が飛び交う数週間前からお医者さんから
処方された薬を投与しているにも関わらず、、、一昨日あたりから
鼻の具合がかなり花粉日和になってきちゃってる。。。。
こりゃ参ったな(汗)。。。。
薬が利いてないって感じ。。。。。

そんなポカポカ陽気が気持ち良い今日はテレビ神奈川(tvk)で4月から放送される
「ハマ歌SHOW」という番組収録でみなとみらい一望のホテル
横浜国際船員センターのナビオス横浜へ。。。。
この番組は公開収録でお客さんを入れて横浜市の商店街を紹介しつつ
一般の方のカラオケ大会を行いつつの
30分間番組だそうで、私はその第一回目収録のゲスト歌手らしい。。。
何でも横浜在住の歌手である私に第一回目のゲストに是非という嬉しいオファーが
あり出演する事になった。

そして久々にお会いするアダモちゃんこと、島崎俊郎さんが司会進行役を務める。

それにしても第一回目の収録なので、中々時間通りにとはいかず
40分近くも遅れて漸く私の収録の出番となる。


島崎さんとの絡みのインタビューでは、横浜の良さを私なりに語りまくり
司会の島崎さんも意外な私の止まらぬ調子のいつものトークに驚いていた。

そんなこんなでオンエア曲は「花吹雪」で
他にもオンエア関係なく「氷雨」「横浜フォール・イン・ラブ」を
お客さんの前で披露。。。

いやぁ、、、それにしても今日はこの後は掛かり付けの耳鼻咽喉科に
直行して、また御薬頂かなくちゃ。。。。
花粉、、、辛いね。。。

 

【お初なキンケロシアター】 〜3月その1 〜














今日はうつみ宮土理さんの舞台「アロハ・プメハナ」を観覧しに
中目黒のキンケロシアターへ。。。。
キンケロ・シアターはみどりさんの旦那様である愛川欽也さんが私財を投じて
2009年6月にオープンさせた劇場で、私は初めて訪れる。
それにしても自分の劇場を作っちゃうなんて凄い@@。。。。

桜の時期にはさぞや美しい通りに変貌するであろう目黒川沿いから
一本裏側に入った道にそのキンケロシアターは在った。

この辺りはお洒落なレストランやブティックが住宅街に紛れながら
色々と点在しているので、一見してお洒落なレストラン???
と思える風情で品良く佇むキンケロシアター。

劇場内は既に満席で臨時のパイプ椅子が後部席に並び大盛況であった。
そして欽也さんの前説が開演前の場内に流れ、この劇場オープンの
様々なる思いが語られる中、心地良さを追求した劇場内の自慢の座席シートが
1席20万円はするであろうと言う座り心地で席幅も贅沢に取っているようで
長時間座っていて疲れを感じないのは確かであった。。。。
それにしても開演前の決まり文句の中で携帯電話はお切り下さい、、、は
普通に解るけど、木琴や尺八など鳴らさないで下さいってくだりが^^
欽也さんらしくて笑えた^^

そんなこんなでみどりさんの舞台は様々なゲストと共にハワイアンの
世界観で展開されるコメディータッチな舞台でハワイアンソングなどを
器用に歌いこなすうつみ宮土理さんのパワフルなステージに魅了された。
でも、やはりおしゃべりの楽しさは絶品で、爆笑しっ放しであった^^

そして最後に自分の生い立ちの話の中で彼女のお母さんが33歳の若さで
亡くなられているそうで、お父さんも50歳と言う若さで他界。。。。
私が今まで知らなかった話が舞台で語られ、そしてみどりさんは
そんな亡くなられた御両親よりも今や長く歳を重ね、今思うのは
いつの間にか親の年齢を越えて生かされている事の有り難さと
生んでくれた今は亡き両親への感謝の想いをしみじみと語るのであった。
その御両親への感謝の想いの詰まったオリジナル曲「花の行方」を歌っている
みどりさんを見て、彼女がこんなに頑張って日々を芸能に捧げ皆を楽しませて
いるのは、きっと今は亡き御両親や育ててくれた人達への感謝の中で
夢を繋げてきているんだと感じた。。。。

そして帰りがけ、みどりさんを見守るかの様に愛川欽也さんも
ロビーにいらしていて久々の再会で御挨拶も出来た。
私を見て「相変わらず気っ風のいい女だね!」と言われ嬉しくもなり
お会いする度に心もほっこり出来る本当に温かい素敵な方である。

もう直ぐ桜の季節、、、
いつの日かこのキンケロシアターで桜の花びら舞う頃にライブもいいかも^^


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Copyright 2003 Mika Hino, Yumiko Toda, GoisuNet